じごうじとく
自分の行いの結果として当然の報いを受けること
この故事は、仏教の因果応報の考え方と、『易経』の教えが融合して生まれた。特に、唐代の仏教文献において、人の行為とその結果の必然的な関係を説く際に用いられた。「自業」は自分の行為を、「自得」はその結果として受ける報いを意味する。この表現は、単なる因果関係を超えて、道徳的な教訓として広く受け入れられた。特に、悪行の結果として不幸な結末を迎える事例を説明する際に用いられ、人々の道徳心を育む教えとして機能した。後世には、個人の責任と行為の結果の関係を説く代表的な言葉として定着した。
無理な投資を続けた末の経営破綻は、まさに自業自得の結末だった。
唐代(618年〜907年)
仏教経典/易経
道徳・倫理
初級
態度が穏やかで礼儀正しく、つつましやかなこと
ものごとの極めて小さな部分。取るに足らない些細なこと。
はかない夢のような空しいこと
良いものと悪いものが混ざり合っていること。
私欲がなく、徳行の高い様子。
荒々しい飲食の様子。粗野な食べ方や大量の飲食。
災難や困難が重なること
真の知恵者は迷うことなく、真の仁者は心配することがないということ。
目的が達成されると、それまで活用していた手段や人物が不要とされること。
うれしくて顔つきが輝くように生き生きとしていること