こううんりゅうすい
物事が自然に流れるように滑らかで美しいさま
この故事は、『論語』や『荘子』に見られる自然観に基づいている。特に、古代中国の琴の名手・伯牙の演奏を評して用いられた表現として有名である。「行雲」は空を流れる雲を、「流水」は川を流れる水を意味し、どちらも自然な流れを象徴している。この表現は、技芸や芸術における最高の境地を表す言葉として使われ、特に音楽や書道などの芸術分野で、完璧な技と自然な美しさが調和した状態を表現する際によく用いられた。また、荘子の説く「無為自然」の思想とも結びつき、人為的な作為を離れた理想的な状態を表す言葉としても解釈された。
ベテラン通訳者の訳出は行雲流水のごとく流麗で、聴衆を魅了した。
春秋戦国時代(紀元前771年〜紀元前221年)
論語/荘子
学問・教育
上級
大差のないこと。共に非難されるべき点で変わらないこと。
一人を罰することで、大勢の人々の戒めとすること。
すべての人を分け隔てなく平等に扱うこと
自分とは関係のない他人の災難を、傍観者として見ていること。
優れた人材も、その価値を見出す目利きに出会わなければ、才能を発揮できないこと。
自分の考えを持たず、他人の意見や行動に追従すること。
物事の本質に触れられず、表面的な対処に終わること。
生死や物事の権限を自由にできること
幸福と不幸は縄を撚るように交互に訪れるということ。
物事をきっぱりと決めること