いっしどうじん
すべての人を分け隔てなく平等に扱うこと
この故事は、『書経』の「湯誓」篇に記された、殷の湯王の統治理念に由来する。湯王は「天視自我民視、天聴自我民聴」(天は我が民の視るところより視、天は我が民の聴くところより聴く)と述べ、為政者は民を平等に扱うべきだと説いた。「一視」は同じように見ることを、「同仁」は等しく慈しむことを意味する。この考えは、儒教的な理想的統治の基本原則として重視され、後の王朝でも統治の指針として継承された。特に、為政者の公平無私の態度を表す代表的な表現として定着し、現代では組織や社会における平等な扱いの重要性を説く際によく用いられる。
新任の管理職は一視同仁の姿勢で部下に接し、公平な評価と育成に努めている。
殷代(紀元前1600年〜紀元前1046年)
書経
政治・統治
中級
四方を敵に囲まれて孤立無援の状態にあること。
完璧で少しの欠点もないこと。また、まったく技巧の跡が見えないほど自然であること。
機会を狙って、じっと見張っていること。
千年に一度めぐってくるような、またとない良い機会。
ものごとの極めて小さな部分。取るに足らない些細なこと。
恥知らずな態度で厚かましいこと
実現の見込みのない物事を待ち望むこと
若い世代の成長は目覚ましく、将来は自分たちを追い越すかもしれないという意。
自分の行いの結果として当然の報いを受けること
何度も失敗や挫折を繰り返しながらも、その都度立ち直ること。